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考えてみれば、体が骨ごとゴムのようにどこまでも伸びたり縮んだりするようになるとか、首と胴体、腕や脚の各部がバラバラに外れたその上、宙に浮かぶことが出来るとか、相手を支配する時間を緩くしてその間に好きなことをし放題なんてな身にさえなれる、その名も“悪魔の実”なんてものがある世界だ。死んだ存在がひょんな拍子で意識だけ元の体に戻ちゃったなんてことだって、
「「「そうそう あっちゃあ堪りませんっ!」」」
そんな、声をそろえて思い切り否定しなくとも…。(くすん) けれど、
「そうそう あるこっちゃねぇよな、確かに。」
「何だよ、親分まで。」
今の今、しかも一番動じていなかった親分が、そんな根本的なところまで話を戻すのかい?とサンジが眉を寄せる。いくら何でも夜もしんしんと更けるばかりのこの寒空に、あんな野っ原に いつまでも居るのも何だから。丁度 夜の見回りの頃合いにもなったことだしと、全員で町外れの番屋まで移動をし、常駐のおじさんには隣の住まいのほうに戻ってもらっての人払いをした上で、話の続きと相なって。見回りのほうはウソップとチョッパー先生に出てもらっての、さて。行灯や燈明をともした囲炉裏端に腰を落ち着けた麦ワラの親分とサンジとそれから、縄を丸く編んだ円座に ちょこり据えられた髑髏さんとが向かい合ってみはしたものの、
「だってよ、どんくらい前だか知らねぇが、いったん死んだ身の魂ってのが こうまでそのまんまで戻って来れるもんなのか?」
「はあ?」
「よく“前世”なんて言って、易者が見立てるけどもさ。そういう人じゃないと判らないほど、生まれ変わった魂は、先の一生のことなんて てんで覚えていないもんだろ?」
なのにこいつは、ちゃんと…ってのは語弊があるけど、子供以上の知識を持ち出せるほどにはあれこれ物を考える、えと、蓄積ってのを持ったまんまだし。
「どこの誰だったかってところの記憶こそ曖昧らしいけど、
それでも 生まれたばっかの赤ん坊じゃあ知らないようなこと、
知識ってものをちゃんと覚えてたってのがさ。」
「……親分、熱でもあるんじゃないか?」
よくもまあ、そんなややこしい理屈に気づいたなぁと。からかうつもりはなくの本気で、サンジがどうしたんだと眸を剥いたほど。それから、
「まあ、俺だって専門家じゃないから、死後の世界の話なんてよくは判らねぇけどな。」
う〜んと眉を寄せ直してから、それでも一応の見解を述べてくれた板前さんであり。曰く、
「さっきチョッパー先生がちらっと言ったようにだな。それが恨みつらみじゃあないにせよ、何かしら思い残しがあって迷ってる魂だっていうんなら、新しい命として生まれ変わるも何もねぇだろが。」
「うと、うん。」
「そんな魂なんならよ、浄化されるための極楽だか地獄だか、そういう“行くべき場所”へ行ってねぇわけだから、記憶だの蓄積だのってのも残ったまんまだって訝(おか)しかなかろうよ。」
「??? ………あ、そかそか。」
紐解いてもらえば何てことはない理屈。気が済めば昇天でも成仏でもするんだろうが、今はそうではない身の魂だってことになり、だから死んだ当時の持ち物、いわゆる蓄積はまんまに残っていての、あれこれ覚えているものもあったということならしく。
「だってのに、肝心な…何が未練かは覚えてねぇのか?」
《 はあ、あいすみません。》
表情は変わらないが、声の調子が微妙に沈んだので。恐縮したか、それともどんな未練があるのかが自分でも不安か。そんな心持ちになった、当事者の骸骨さんであるらしく、
《 何とはなく感じるのは、胴体がないのが不安だなってことくらいで。でも、》
「でも?」
おや、また何か思い出したのかと。膝小僧をそれぞれ両手で掴んでの胡座をかいてた親分さんが、そっちへと身を乗り出してみせたところが、
《 そうまでして葬らないと危険だとか、
そうしたいほど誰かに恨まれてたとかいうのだったら、
私はもうもう、生きてお天道様の下は歩けません〜〜〜〜。》
おろおろと震えるお声で泣き叫ぶものだから。あ、いや、涙は出て来なかったのではありますが。これは相当にうろたえているのがありありし。とはいえ、
“…それは安心しな。”
もう死んでるし。(う〜ん) じゃあなくて、
「ともかく。あんたが何処に居た身なのかを割り出すのが先決だろうな。」
江戸時代なら土葬が主だが、グランドジパングもそうであるらしく、だとすれば、
「墓を暴いて掘り出したって手合いだろうか。」
だとすりゃあなんて罰当たりなことをと、さしもの親分でも眉を眇めてしまったが、
「けどなあ、誰かが利用しての企みを云々って、さっきの別の声が言ってただろ?」
先んじてどっかへ移しておいて、そいつらの手に渡らなくしたいって雰囲気だったが、
「だとすれば、墓を掘り返したってのはないと思うぞ?」
「何でだ?」
「判り易すぎるだろうがよ。墓石なり何なりって目印あるから、利用したがってる奴らの方だってすぐにも突き止めてしまいかねねぇんだし。そんなところを掘ったりしたら、それでまずは怪しまれちまう。」
隠し通したかったなら、そんな動きをすることさえ危険だと慎重になるもんだし、
「そもそも亡骸を何かへ利用するってのがどうもな。」
愛用の煙管へと、これも日頃から持ち歩いてる莨(たばこ入れ)から摘まんだ刻みたばこを詰めながら。サンジがどこか感慨深げな声になる。
「利用?」
「さっきの声が言ってただろうが。企みに使うとかどうとか。」
それを妨害するために、何処かに納められてたこの髑髏を持ち出したと、そんな雰囲気がありありな独り言ではなかったか。ぱっと唇を鳴らして最初の一服、肺までは吸い込まずの紫煙を顔の前へと吹き出してから、
「儀式か何かになんだろが、それへとあんたが使われることまで伝わってるだなんて。まるでそのための準備をした葬られ方をしてますと言わんばかりじゃねぇか。」
なので、普通の土葬をほどこされちゃあいなかろにと、サンジとしては踏んでいるらしく、
「さっき思い出しかけてた、あんたをどっかから持ち出した誰かってのは、どんな奴だったかとか、どこから取り出していたのかとか。も少し詳しく思い出せないのかい?」
何も覚えていないと言いつつ、そんな話がぽろっと出て来たことへ。もしかして隠し事をしていたそのぼろが出たんじゃあ…なんて、ウソップが執拗に疑っていたけれど。そこまで穿っちゃあいなかろと、サンジとしては見解が違うらしくって。
「誰かと会話したり、何かへつらつらと書きつけることで、頭ん中で考えてることが鮮明になるってのはよくあるこった。一人で黙々と考えてるばっかじゃあ袋小路に入り込みかねねぇもんが、相手に判るようにと体裁整える作業が集中を呼ぶし、頭ん中の色々を爪繰ることで、曖昧な雰囲気でしかなかったものが、ぎゅうと絞り込まれて、思ってもみなかったいい考えが浮かぶよにもなるんだと。」
店へ時々食べに来る戯作の先生がそんな風に言ってたんだが、そういや、仕出しの献立を考えるときも、いちいち候補を書き出した方が、新しいのを思いつけることも多いしなって思ってよ。
「あんたはきっと、叩き起こされたばかりなんで呆然としていただけで。
こうやって話してりゃあ、他にも色々思い出せるのかも知れねぇ。」
「おお。サンジ凄げぇっ!」
町方だけれど どっちかと言うと体力勝負の人情派。直感で動くのが常なので、あんまり込み入ったことを見得(けんとく・推理)するのは得手ではない親分が、おおおっと感動した傍らで、
《 本当に。それはなかなかに深い考え方ですよね。》
当のご本人までもが感に堪えたよな声を出してから、
《 実は…さっきのお鼻の長いお兄さんが口にしていた刀というのが、どうにも引っ掛かっててしょうがないんですよね。》
どうやらお武家が絡んでいるのかもとも仰せでしたが、そういえば。亡骸を納めた棺桶の蓋の上へ、守護の脇差を置く風習があったような気がしまして。
《 魔よけか、若しくは…死者が悪霊となって呼びかけをし、
生きてる者らを冥府への道連れにさせぬよう、
迷わぬようにという“まじない”のためだったような。》
どっちにしても、普通一般の商家などにはない習慣じゃあないかと思いまして。そうと結んだ髑髏さんへ、
「成程なぁ。そういう記憶があるのなら、あんたはやっぱりお武家関わりのお人だったんだろうな。」
しかも、若様がどうとか口走ってた誰かの手により、何処かから持ち出された身。
“…ってことは、お家騒動がらみってか?”
そこへと も一つ加わった要素が、ウソップが報告を受けていた…ルフィへはついつい黙ってたらしい、刀目当ての強盗たちが狙ってるお宝が、どれにもこれにも“髑髏”の印がついてたらしいってこと。単なる髑髏の図じゃあない、下に“かけ印”もついてるところまでが同じで、だが、
『そんな印を掲げてた盗賊団がいたような話はありませんしね。』
そも、それが何の形の意匠なのかも、この髑髏さんを見なければピンと来なかったし、それは与力や同心の旦那方にしたって同じに違いない。夏の風物のお化け屋敷じゃああるまいし、人の頭蓋骨なんてもの、不吉すぎてそうそう思いついたりはしない。
『悪党の入れ墨の図柄にしても、生首や蛇、蜘蛛あたりが限度でしょうよ。』
見た相手を圧倒させるどころか、本人へ悪霊が寄って来かねませんしね。いなせな鳶が怪力無双の武将絵を彫るよなノリで、人が目を背けそうなことを背負うのが悪党ではあれ、最低限の縁起かつぎくらいはしようから、そんな連中の旗印とも思えない。
「でもなあ、そっちの強盗団は刀を集めてやがんだろ?」
そりゃあまあ、髑髏を質入れしただなんて話は聞かないし、そんな物騒なものを有り難がって家宝にしてるような商家もなかろうけどよ。
「共通項は髑髏の印だけだぜ? そっちとこっちとホントに同じ案件(ヤマ)なんだろうかね。」
「さあそこだ。」
どっちが捕り方だかという問答になっているが、物ごとの推量という技ではサンジの方に分があるのだから仕方がない。たばこ盆の吐月峰(はいふき)の縁で、煙管の細首、こんと叩いた金髪の板前さん、
「それを言やあ、こんな髑髏があっちにもこっちにもあるはずがない。」
「うん。」
「これはこれが一個だけ。
それとは他に、印のある刀もまた要りようなんだったらどうだね。」
あ…と、親分さんの童顔の中、表情豊かなお口が真ん丸に開く。
「俺だって何かしらの確証があってあれこれ言ってる訳じゃあないが。刀に若様、そして髑髏の印と、いかにもな共通項が出て来たんじゃあ、繋がりがあるんじゃないかと結んでみたくもなろうってもんでな。」
それこそ、乱暴なばっかな推量かも知れねぇがなと、苦笑に口許ほころばせるのへ、
「いや…それで間違ってないと思う。」
刀を狙っての強引な押し込みってのだって、このグランドジパングでは久しくなかった残虐な事件だが。
「そんな突飛な鍵で連なってるんなら、含蓄豊かな与力の旦那方にさっぱり目串が刺せねぇのもしょうがねぇ。」
咬み砕いてもらってやっと納得がいったらしい親分さんの無邪気さへ、
《 ……。》
こちらは声のないままで見とれていたのが髑髏さん。急に音無の構えになったのへ、
「おい、どした?」
サンジが気づいて声をかけると、
《 いえ…こちらの親分さんが、ちょっと。》
鋭いかと思えば無邪気なお顔を見せたり、不思議なお人だなと思いましてね。いや、日頃はもっとどっちかなのでしょうが、今はどっちつかずで揺れている。心は落ち着かない原因を何か抱えていると見ました。
《 あなた、もしかして恋をしていますね?》
「え? ///////////」
おいおい、そんな場合かい。(苦笑) お約束のボケと言わんばかり、サンジが がたーっとコケたところへ、
「大変だ、親分っ。」
「るふぃっ、大変だぞっ!」
表から駆け込んで来たのが、夜回りに出たはずのウソップとチョッパーで。何処から駆けて来たのだか、随分と息が上がっている二人が、それでも口々に告げたのが、
「例の押し込みが、今夜も出たってっ。」
「そいで、呼び子の音を追ってみたらば、一味の背中が見えたもんの、
捕り方連中でさえ、随分と遠くへって、引き離されてたもんだから。」
ぜいぜいと肩で息をしながら、それでも今宵はちっとばかり勇気があったらしいウソップが言うことにゃあ、
「追いかけてた捕り方連中の頭越し、
おいら、先生の薬びんをぱちんこで飛ばして 1つぶつけてやったんでさ。」
単なる飲み薬だから浴びてどうなるってな毒じゃあないが、
「匂いの追跡なら、俺が頑張れるぞっ!」
「おおおっ、先生えらいっ!」
押し込み強盗の一味の塒捜しだなんて、そんな恐ろしいことをやれるぞと言い出そうとはねと。それを感心したルフィとは逆に、
“もしかして、そこまで深くは考えてねぇんじゃね?”
それは言わない約束よ、サンジさん。(苦笑)
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*まーだゾロが出て来ません。
どんなお誕生日記念話なんだか。(苦笑)

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